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久安寺ブログ

Archive2021年7月

2021年7月24日

毎日3輪くらいの数で咲く朱雀池の蓮

8月が近づくにつれて、今年も蓮が開花を迎えました。蕾の数を、今日は幾つになっているかなと数えていて、最初は1つ、2つだったものが9つに増えたときもうれしかったのですが、やっぱり開花すると、より一層うれしくなりますね。
蓮は、「1.未敷蓮華 みぶれんげ(蓮の蕾)」、「2.初割蓮華 しょかつれんげ(綻び始めた蓮の花)」、「3.開敷蓮華 かいふれんげ(満開の蓮の花)」として、3回開閉した後に、4回目が開いたら、そのまま散りゆきます。3回目は、大分閉じが弱くなりますね。お盆過ぎまで次々に咲いてくれると思います。
弘法大師『般若心経秘鍵』には「蓮(はちす)を観じて自浄(じじょう)を知り 菓(このみ)を見て心徳を覚る」という言葉があります。ぜひ、久安寺に蓮を見に来たときには、目で美しさを見て、心に、蓮は泥の中で根を生やすこと、そこから真っすぐな茎を伸ばして奇麗な花を咲かせること、葉は汚れた水を吸収せずに弾き流してしまうこと、そんなふうに人は誰もが蓮のように生きられることを感じ取っていただけたら...。
そして、7月末頃、とつとして境内のどこかに出現した(笑い)、多分オニフスベじゃないかと思うのですが、巨大きのこもぜひ探してみてください!
今月も久安寺にお越しいただきありがとうございました。

2021年7月16日

杉ぼっくり

7月半ばには、文化財公開の日があり、宝物殿である阿弥陀堂を開けて、国重文・阿弥陀如来坐像、市重文・薬師如来像、市重文・釈迦涅槃図、市重文・久安寺縁起などをご拝観いただきました。
久安寺の月例行事には、写経や写仏といった実際に肌で感じる体験、そして、こういった目と心で感じる体験もあります。どちらも気軽に参加いただけたら、うれしいです。
さて、とある雨の日のこと、参道のちょうどお地蔵さんと灯籠がある辺りでしょうか。オレンジ色の野萱草(ノカンゾウ)に目を引かれました。野萱草というと、花言葉は、愛の忘却。しかし、愛を忘れると聞かされても、何が何やらと思ってしまうのですが、どうやらこの花には「憂いごとを忘れる」という言葉もあるのだとか。
つまり、愛に関連する悩みや苦しさを忘れさせてくれるといった解釈になるのですかね?
そして、これも個人的な読み解きですが、「嫌なことは引きずらず、忘れて次に進めばいい」と。野萱草にはRestart(再出発)への背中を押してくれるような言霊もあるのかな...なんて。いや、あったらいいなという、ひとり言ですね(笑い)。
また、仏塔横の杉ぼっくりだったり、自然に咲いた鬼百合にも目が引かれて、興味深く観察してしまったり。
松ぼっくりもかわいいけれど、杉ぼっくりもかわいいですよね、丸っこくて。
杉ぼっくりを眺めた翌日に、特徴的な鬼百合を見たせいか、何だか...杉ぼっくりが鬼百合という生物を生んだ卵のように見えてしまったのは、内緒です(笑い)。

2021年7月 9日

ロータス効果

7月は、写経の会や写仏の会に加えて、真言禅の会もひっそりと開きました。参加いただいた皆さん、ありがとうございました。真言禅の会は、1月と8月を除いた第1日曜日の朝8時から9時に行っています。初めての方も大歓迎なので、都合のよいときにぜひご体験ください。
さて、あじさいうかべも終わり、そして睡蓮も見頃を過ぎれば、次の主役は蓮に移っていきますが、皆さん、ロータス効果というものはご存じでしょうか。
蓮の大きな葉の上で、水をぷっくら丸く弾いているような現象を見たことありませんか?何というか、透明なおはじきが乗っているような(笑い)。
それがロータス効果というらしいのですが、どうやら蓮の葉って、絶対に濡れないんですって。自浄作用が働いて、吸収せずに弾いて流し落としてしまうのだとか。
蓮のことわざに「泥中の蓮」というものがあって、それは「泥の中で生まれても、清く美しく育つ」というような意味で蓮の生きざまと重ねられているのですが、いざ改めて目にすると...神秘的というのか、仏様の花と呼ばれるだけあって、思わず拝みたくなる感覚を味わいました。
すごいですよね。絶対に汚れない。
しっかりと自分を持ち、悪い影響にも惑わされずに、真っすぐと育つ。
まるで、私たちにその姿から生き方を教えてくれているような気がしませんか?

2021年7月 3日

ほそごう学園のかわいらしい生徒さん

7月初旬、名残惜しくも、今年のあじさいうかべが終了しました。はじまりから終わりまでを数えると、25日間だったでしょうか。
終わり間近には、ほそごう学園の2年生のかわいらしい生徒さんがやってきてくれましたよ。久安寺を案内したり、具足池の前でおはなしをしたり。そんな中で、夏の暑さにも負けず、みんなきちんと言うことを聞いていましたね。偉かったです。
また、ちょっと印象的だったのが、ちょうど子どもたちが帰った後から、ぽつりぽつりと空から雨が降ってきたことです。ついさっきまでは青空だったので、もしかしたらアジサイの付喪神様(つくもがみ)が、無事に子どもたちを迎え終わるまで力を貸してくれたのかもしれないな、なんて。ふとそんなことを思ってしまったのでした。
今年も、あじさいうかべのシーズンには多数の方々が参拝にきてくれましたね。
コロナ禍ということで、限られた時間を譲り合いながら、静かにお楽しみいただきました。皆さんの協力に感謝です。本当なら、アジサイの花言葉の一つ「団欒(だんらん)」のように、アジサイ前でみんなが集まり、談笑しながら過ごせたらうれしいのですが...それは来年に持ち越しですね。
「1年後も、また元気いっぱいに咲いてくれますように」とお願いしておきましたので、きっと、もっとエネルギッシュに咲いてくれるはずです(笑い)。
ですので、皆さんも、ぜひまた元気な顔をアジサイに見せに来てください。