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久安寺ブログ

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2019年9月16日

樹齢400年を越えるカヤの木の実

秋晴れの候とは表すものの、所変われば天災の影響を大きく受けられている方々がおられますことに心は痛み、1日も早い復興を願うばかりです。
台風15号の被害にあわれました皆々さまには、心よりお見舞い申し上げます。

直近の久安寺では、「写仏・写経・文化財の公開日」、3つの行事がございましたね。足をお運びくださいました皆さま、ありがとうございました。今後も定期的に開く予定です。準備していただくものは何もございませんので、初めての方もお気軽にご参加いただけますと幸いです。

また、今時期はカヤの木から実が落ちるときにございます。関白・豊臣秀吉公がご健在のころ、三光神を祀り、月見茶会を催したときの記念に手植えをしてくださったものにございます。
樹齢400年を越えても変わらずに、実をならしてくださるカヤの木には、壮大なパワーが宿っているようにも感じてしまいますね。

その実を好んで来訪されるヤマガラの姿というのも可愛く、心をほっこりとさせてくれますので、行事や参拝の合間には、ぜひ足を止めてみてくださいませ。
何より、平和を守る日の神と月の神、困り果てている者に知恵を与えてくださるという宇宙の神が、皆さまにパワーを授けてくれるものと思いますゆえ。

2019年9月10日

夏の余韻を強く感じる「白露の候」

まだまだ残暑が厳しい「白露の候」。夏の余韻を強く感じる、今日この頃にございます。
季節の変わり目は夏の疲れが出るときにございますが、9月というのは8月に続いて2番目に台風が多い月ともいわれております。心身のバランスが乱れやすくもなりますゆえ、皆さまどうかご自愛くださいませ。

さて、先日の9月3日には「萬福寺・東寺・六波羅蜜寺・えびす神社」への巡拝を引率させていただきました。
「妙円寺・赤山禅院・行願寺」の3箇所も合わせ、「都七福神」として室町時代から信仰されております。

萬福寺の布袋尊は「笑う角には福来る」という由来。東寺の毘沙門天は、商売や財力、そして勝負ごとへのご利益があるとして信仰されております。
六波羅蜜寺の弁財天は、七福神のなかで唯一の女神であり、縁結びや芸術力を上達させてくれる神様です。えびす神社の恵比寿神は、五穀豊穣をもたらし、庶民を救ってくれるものとして信仰されております。

また、恵比寿神の父といわれる妙円寺の大黒天にも五穀豊穣の力があり、赤山禅院の福禄寿と行願寺の寿老人には長寿や延命の福がございます。
都七福神をめぐる行いは、福を授かりに足を運ぶことではございますが、それだけではなく、人とのめぐり合いや共存といった「ご縁」を頂いているものとも思っております。

今回、巡拝をご一緒してくださいました皆々さま、本当にありがとうございました。
そして、今後も久安寺へ参拝にお出でくださる方々との交流の場を、心より楽しみにしております。

2019年9月 2日

「残暑の候」と「初秋の候」

9月に入り、今まで夏の存在感をしめしていた蝉の声よりも、少しずつ秋を知らせる虫たちの声へと変わってきたように感じております。しかし、「残暑の候」と「初秋の候」の両方が当てはまるときでもありますから、涼しさを感じるのはもう少し先となりましょうか。

先月はご先祖さまや地蔵さまを供養する「お盆」があり、体験の場はお休みさせていただいておりましたが、今月の8日(日)には「写経の会(14時~15時)」。10日(火)には「写仏の会(10時~12時)」を薬師堂にて開きます。
また、15日(日)は阿弥陀堂にて「文化財公開(14時~15時)」。21日(土)には御影道にて「御影供:みえく(14時~15時)」を行いますので、ぜひ久安寺へと足をお運びくださいませ。

さて、1日には一足お先に「瞑想と朝粥の会」を開かせていただきましたね。朝からご参加いただきました皆さま、本当にありがとうございました。
大なり小なり「喧騒」に包まれてしまうのが人生。なかなか心を、まっさらにすることは難しい。
瞑想は、そういった日常の「しばり」から心身ともに開放をする場でもあります。まぶたを閉じ、精神を研ぎ澄ませることで、自然と仏の悟りが見えたり、慌しかった心が静められたり。自分自身と向き合う行いにございます。

しかしながら忙しい日々のあまり、こういった場に参加することが難しい場合もあるでしょう。そんなときには、一瞬だけでもまぶたを閉じ、体の奥から深呼吸をしてみるのもひとつ。たった1秒の瞑想でも、少しは心を和らげてくれるものと思っておりますゆえ。

2019年8月20日

8月23日は「地蔵盆」

8月も下旬にさしかかりましたね。久安寺では、23日に「地蔵盆」がございますが、同じ日本のなかであっても、全ての地で行われるものではないようです。多くの皆さまにとっては、盆が過ぎ、ひと息をついているところにありましょうか。

また、夏の台風というのは、ひとつ過ぎるたびに秋に近付いていくものと耳にしたことがございます。暑さのなか、少し前まで大きく花を開かせていたハス。それが散りゆく姿というのも「夏の終わり」を告げているかのように感じるものです。百数十輪が咲き、多くが桃色の花にございましたが、3輪ほど白いハスも混ざっておりました。お見かけいただけましたでしょうか?

そして今は、真っ赤なサルスベリが久安寺に彩りを添えてくださっております。「すべる」という意味合いに思えることから、ときには縁起が宜しくないともいわれますが、「心の持ちよう」によって、縁起が良いものとして捉えられる花でもあります。
「すべる:すべり落ちる。ものごとに失敗する」
「すべる:すべりが良くなる。順調にすべりだし、何ごともスルスルとうまくいく」
そんな2つの考えかた。花のもつ意味は、所詮は人間がつけたものにございます。せっかくならば、ポジティブな心で見ると、花も喜び、人生も前向きに開けるものではないでしょうか。


8月23日の「地蔵盆」は、20時から地蔵堂にて行われます。皆さま、お気をつけていらしてくださいませ。そして、大変暑いなかで行われました18日の「施餓鬼会」。手伝いや供養、参列してくださった方々、本当にありがとうございました。


2019年8月15日

ご先祖様を迎え供養をする「盆」

暦の上では「立秋」と表す8月半ばにございます。しかしながら暑さは一段落するどころか、ますます高まっているように感じるばかり。くわえて先月に続いての台風が、ご先祖様を迎え供養をする「盆」と重なって到来してくれたものですから、皆さまのご心労のほどお察し申し上げます。

久安寺では少し前の8月4日に仏塔と三十三所堂、7日には七日盆として墓前にて、「盆回向(ぼんえこう)」をさせていただきました。
回向というのは私どもがお経を唱えることで、ご先祖さまだけでなく、心を通わせ供養をしてくださる皆さまにも、「浄土の道」が開かれるというものにございます。
一般的には「徳をあたえることで浄土が開く」といい、私どもが苦労しながらも修行で身につけた悟りの言葉を、自分のためにでなく他者のために向ける行いが、「善いもの(徳)」と考えられておるようです。

世の中も同じといえましょうか。自分ひとりのことばかりでなく、他者の心に寄り添い、少しでも「慈悲」を向けることができたのなら、悩むことや苦しむことのない幸せが「万人」に訪れるように感じるものにございます。

回向は盆だけでなくお彼岸にも承っております。仏塔での供養を承っていない方々からもお申込もいただいておりましたので、お気軽にご相談ください。
そして、只今の久安寺では真っ赤な「サルスベリ(百日紅)」が楽しめる時期にございます。虚空園・西墓地付近に咲いておりますので、ぜひ会いにいらしてくださいませ。

2019年8月 5日

猛暑、くれぐれもお体をご自愛くださいませ

8月に入り、空に見える入道雲の姿、そしてミンミンという蝉の鳴き声も増し、夏の本番を迎えたことを感じるばかりにございます。字で表せば今時期は「炎暑の候」とも表します。30度を当たり前に超える日々が続いておりますが、久安寺の朱雀池には「桃色のハス」と「白色のスイレン」が逞しく咲いてくださっております。


池に咲く姿が似ている2種でありますが、水面から空に向かって高く伸びておりますのがハス。水面に直に浮かぶ形となっているのがスイレン。
花が散る姿にも違いがあり、ハスは4日程度経つと大きな花びらが葉の上に落ち、スイレンは数ヶ月生きたのち、沈んでいくという眠りかたにございます。

どちらも暑さには強いといわれておりますが、あまりの高温となれば、バテてしまうこともあるようです。
そして蝉というのも、一見は夏にこそ適しているように思えますが、実は猛暑の下では本来あるべき寿命よりも早くに旅立ってしまう、という生き物にございます。皆さまもこの猛暑、くれぐれもお体をご自愛くださいませ。

今月は写経や写仏、文化財の公開はお休みとさせていただいておりますが、
下旬の18日には「施餓鬼(せがき)会:前世の悪行のゆえ、地獄にて食べものや飲み物に飢え苦しむ魂を供養し、現世を生きる者たちが安らかに暮らせることを願う」
23日には「地蔵盆:縁日」を開きますので、ぜひ足をお運びいただけましたら幸いです。

2019年7月24日

朱雀池に咲く「ハス」

暦の上では大暑の候。いよいよ梅雨明け間近という声も、ちらほらと聞こえ始めておりますね。それと同時に暑さが一気に高まるとも言われております。朱雀池に咲く「ハス」が、ますますお目覚めになり花開いてくれてもおりますが、久安寺へと参拝にお出でくださる際には、熱中症対策を心にとどめていただけますと幸いです。

さて、本寺の境内、北側に咲いておりますハスの花。
一面に咲いていることで、長く生きているものと思われますが、ひとつひとつの寿命は、4日程度と短いものでございます。


仏の花ともいわれ、弘法大師さまからは「蓮(はちす)を観じて自浄(じじょう)を知り 菓(このみ)を見て心徳を覚る」というお言葉がございます。
「ハスは泥の中にこそ美しく咲くもの。人間も同じ。何かに心が惑わされ、くすみかかろうとも、また心改めれば、清らかに咲くことができる」という解釈をさせていただいておりました。

1日~2日目は朝に咲いた花が夕方になれば、蕾に戻る。3日目は完全には閉じきらず、4日目になると開いたまま。そして、散っていく花びら。
蕾の姿は「未開敷蓮華/みぶれんげ」。少し蕾が開きかけている姿は「初割蓮華/しょかつれんげ」。満開の姿は「開敷蓮華/かいふれんげ」といいます。
短い命をもって、懸命に咲いては、私たちへと悟りを伝えるハスの花。ぜひ、ご覧になってみてください。

2019年7月16日

「具足池のアジサイ」今年の入れ替え終了

海の日も過ぎ、今時期は「盛夏」という言葉にも当たるのですが、まだまだ梅雨の匂いを強く感じる日々にございましょうか。
そんななかでも、植物たちは夏の目覚めを迎え、日ごとに「ハス」の姿がイキイキとし始めております。

しかし、始まりあれば終わりもあるのが生命。
皆さまから愛されておりました「具足池のアジサイ」、今年の入れ替えは終了を迎えさせていただきました。多くの皆さまが久安寺へと足を運んでくださいましたことに、心から感謝をしております。


そして先日は、阿弥陀堂にて文化財の開放をさせていただいた他、薬師堂にて「写経・写仏」の会を開かせてもいただきました。
仏の教えが記された「経典」を写し書く写経。仏の姿を写し描く写仏。
学業、職業、友人、恋愛、家族、どんな人にも中身は違えど「悩み・迷い」というものがございましょう。どうしても暗闇に覆われてしまい、何をしていてもそのことを考えてしまう。気持ちを晴れやかにしようと思っても、どこか虚しい心地となってしまう。そんなこともございましょう。

しかし、悩むことというのは時には大切ですが、沼の奥まで落ちていく程に苦しむ必要はございません。あまりに心を何かに支配されてしまうときは、「仏の言葉・仏の姿」をなぞることで気持ちを切り離してみてくださいませ。
今回、ご参加くださった皆さまに写していただきました「勢至菩薩さま」には、苦しむ心に光を射す力というのがございます。
無心で写すことで、心は仏と向き合う。すると、心の叫びが仏に届くものといわれておりますから。

2019年7月 8日

梅雨の最中

小暑の候、まだ梅雨の最中ではありますが、夏の密度がだんだんと濃くなってきているのではないでしょうか。先日は空に「天の川」が流れる七夕を迎えたばかり。生きる場所によっては、あいにくの空模様となり、星を見つけられないこともあったでしょう。しかし、見えないからといって残念に思うことではございません。

雲に遮られてしまい私たちの目には届かずとも、その向こうでは変わらず星が輝いているのです。
見えないから不幸せなのではなく、天の川を想像できるような、「心の豊かさ」をもつことも「幸せ」へと繋がるものと、思っております。

さて、今時期の久安寺。ナツツバキ(沙羅)、アガパンサスが見頃です。
アジサイは花盛りを終え、ハスへと主役の座をバトンタッチし始めております。
ハスの花には、朝に咲き夕方に向かって眠り出すという性質があるのですが、その性質からは「人間の生き方」を連想させられやしませんか?
さらに、この花がもつ言葉には「人生に迷う心を、どうかお救いください」という願いを、仏の象徴花へと重ねた「救済」というものもあるのです。


そしてハスが根付く場所、池には「生:いきる場所」という意味がございます。
ツボミが増えゆく本寺の朱雀池にも、生息数が減っているといわれております「モリアオガエル」の尊い命が育まれておりました。

人生を重ねるも良し。仏に悟りをゆだねるも良し。
いつでもお待ちしておりますゆえ、
心を晴らしたくなったときには、ぜひ休息がてら生命を感じにいらしてくださいませ。

2019年6月30日

自然が生んだハート型アジサイ

先月からすでに梅雨入りをしていたところもあれば、つい最近やっと雨を感じる時期を迎えたところありましょうか。久安寺もまた、平年よりもとても遅い梅雨入りをしたという地域に含まれておりました。
しかし、長らく天候に恵まれたことにより、日差しが注がれたアジサイの姿というのを、多くの方々にお届けすることができたのであれば幸いです。

具足池に浮かぶ姿だけでなく、「アナベル」や「墨田の花火」という品種をはじめ、5,000株ものアジサイが楼門、参堂など、境内のあちらこちらにて様々な顔を見せてくれております。なかには、ハート型へと自然が生んだものもあり、ご参拝される皆さまに喜んでいただけているようでした。

引き続き、沙羅(夏椿)も見頃であります。蓮は、次の出番に供えてツボミを見せ始めているという段階ですね。

これからしばらくは傘の出番も増えるでしょうが、雨粒とアジサイが触れ合う姿というのも、美しいものでございます。私たちにとっては気を重たくさせる雨ともなりますが、草木や花々にとっては大切な「エネルギー源」となります。地が潤されることによって、植物たちは土から水分を吸い上げることができ、葉を広げたり、花を大きく咲かせたりとできるのです。

さらに仏の道では「法雨(ほうう)」ともいいます。植物だけでなく、生命ある全ての者に潤いを与え、心を救うといわれているのです。
雨は心を洗ってくれるもの。心悩ませる苦しみから救い出してくれるもの。そのような恵みの気持ちで仏が手を差し伸べていることと思うと、また見え方も変わってくるのではないでしょうか。